頭の良い子

小学校時代くらいまでの「頭の良い子」は、その後の頭が良い子と言われ続けるか、普通の子になってしまうのか、これって何処で差が付くと思いますか。小学校に入る前から、鉄道大好き少年って結構どこにでもいるんですが、大人の目からすれば、すべて同じように見える鉄道車両を、「あれは、京急の800形だよ。でね、今走って来たのが1000形だよ。」

これが、JRの東海道線や横須賀線の傍に住んでいる子となると、E231系とかE233系・457系ひいてはサフィールなんて次々に言うもんですから、大概の大人はこの子は天才だ!と思ってしまうんです。
これって、形状を記憶するという能力と、絵本等で知った名前を関連付けているに過ぎないんですが、何しろ何も記憶量が無いところにデータが入っていくんですから、ガンガン覚えられるわけです。

かくいう私も末っ子だったので、兄や姉の教科書を読む時間はいくらでもあり、小学校5年までは、記憶だけほぼオール5でしたから…。
ところが、6年の時にとんでもない奴が転校してきて、私の天才かもしれないという思いは、はかなく砕け散りました。
しかし、何にでも興味を示すという自分の特性は、後に本を爆買いする青年期を過ごすことの元になりました。

ところが、大人になってからは、何でも知っていてもそれだけでは頭の良い人にはならないのです。逆に英語圏では、「ア マン オブ インフォーマー」とやや蔑みを含んだ言葉で、指弾の浮き身に合うことも有るそうです。
ここで思ったことは、子どもの時に受けた「頭の良い子」という言葉の心地良い響きは、一種の快楽の音として体に残り、それが嵩じてなんにでも興味を持ち続け更に知識の幅を広げていきたいという欲求を生みました。

こうして蓄え、積み上げた知識は、やがてブログの形で言葉を表す際の言葉の貯蔵庫の役割を果たすようになり、メインキーワードを決めれば、それに付帯してサブのキーワードはいくつも浮かんでき、それを取捨選択していけば、自ずと記事は1000文字程度ならすぐに書けるまでに、昇華したのです。

頭の良い子:いろいろな形の子がいると思います。でも、基本は良いところに大人が気付き、褒めてあげること、それが大事なんです。
そうすれば、多少気の弱い子供でも、人々の目が向けられる経験を得ます。これが快感と感じられたなら、次のステップが待っているのですね。

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