山田孝男伝説-その25

皆さんにお聞きします。
「気」の存在を信じていますか。大多数の方は、「有る」と答えるでしょう。
でも、それを見たことが有りますか?と聞くと、今度は皆さんのほとんどが首を横に振るでしょうね。
そんな頼りなげな「気」ですが、それを確実に現実世界で見せることができた人物が、いわゆる宗教家としてデビューしている人達のほとんどです。

そんな中にあって、山田孝男氏はトップクラスの気の使い手としての実力を持ちながら、決してそれをひけらかすようなことはせず、必要なときにだけその能力を垣間見せるだけでしたが、その現場にたまたま居合わせた人たちは、驚きを超えた感動を覚えたものでした。
そう、「気」が見えるのです。明らかに、物体の態をなして見えるのではなく、光の流れとして見えるのです。
それも奔流という言葉が一番似合う激しい流れなのでした。

私が遭遇したのは、滝行のメッカといわれるスポットででした。
梅雨末期の水量の多い滝は、素人には危険な牙をむくのですが、ひとたび氏が安全と判断して行に向かうものをサポートすると、見た目日弱そうで、事実いつも発言は控えめで目立たない女性であっても、やすやすと、そう、本当にやすやすと流れ落ちる大量の水を落とし続ける滝のパワーに入りこんでいく勇気を持てるのです。

しかも、それは蛮勇を奮ったという感じは微塵もなく、ただ粛々と滝行を行ってきたとしか見えないのです。
しかし、氏のサポートが無いと、とてもできないことは本人自身が理解しています。
「本当に、すっと滝の流れに入れてしまうんです。」とでも言っているような涼しげな顔は、それこそ導いてくれる氏の力に全幅の信頼を置いているからこそできた荒行であることを、無言で訴えてきています。

実際の滝行の現場では、先達を務める僧が行を受ける一人一人に気合を入れ、送り出していきます。
その役目を氏がするわけではありません。サポートするというのでもありません。
では、何をしているのでしょう?
場のコントロールを行っているというのが、一番正確な表現かもしれません。
が、それは表面的にそう見えるだけで、もっと高次の意識と連絡しあいながら、全体意識(ホロン)を調整しているのだと、聞いた(曖昧な)記憶が有ります。

曖昧な記憶は、実は瞑想中に聞いた氏の声でしたので、私の想像だったのかもしれませんが、それでも目の前で繰り広げられた安全なスペクタクルは、無事終了を約束されていたのです。

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