山田孝男伝説 その18

宮下文夫(改名後:富実夫 2003年没)シンセサイザー奏者としては、
中堅でしたが、彼の生演奏を奈良の天河で聞いたことが有ります。天
河といえば、弁財天で有名ですが、この弁財天の参集殿で、ごろごろ
とねっころがりながら彼らのステージを聞きました。

山田孝男氏が引き連れてきた天河詣での団体に参加した時のことで
す。その日、弥山と言う2000mに迫らんかの高さを持つ修験者御用達
のきつい道のりを踏破した後のコンサートだったので、みな眠そう!

喜多郎や宗次郎が世間で注目されていた頃でしたが、宮下文夫の世界
は、今一つ世間では受け入れられていませんでした。
それは、この天河でのコンサートでもはっきりとしたアイデンティティーを
打ち出してこなかったことで、より強くその感を持ちました。

イージーリスニングのとなりに位置しながら、ヒーリングミュージックとする
ジャンルでは、明確な主題提示が無いと、ヒットは困難です。
簡単に言えば、メロディーメーカーではなかったのです。
ただ、彼の存在は、ヒーリングに重きを置いていたようで、演奏しながらの
心によるコミニュケーションを狙っていたように感じられました。

そんな演奏が小一時間目の前で繰り広げられたのですが、そんな贅沢な
時間が終わった後、山田氏曰く「よかったですね。でも、チョットうるさかった
かな?」この何ともさりげない自然体の反応に、宮下氏は苦笑するしかあり
ませんでした。
これぞ、山田氏が自然とともに生きている自然の反応だったのです。

演奏の中に何かを見出そうと気色張っていた人たちは、この一言でぶっ飛
んでしまったのは、いうまでもありません。

ちなみに、宮下氏のキ-ボードは、ローランドでもヤマハでもなかったのです。
なんとカシオのキーボードをフルラインアップで演奏していました。
生音から電気音まで、自在に作れる楽器群でしたが、個人的にはアタックと
レガートの相関バランスが、好みではありませんでした。

後で知ったのですが、宮下氏と喜多郎は、あのミュージカル・ヘアーに一緒に
出ていたそうで、道理でアタック音がきついと思った次第。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック