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<<   作成日時 : 2017/05/05 01:50   >>

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いまから約8年ぐらい前に考案された「マインクラフト」というゲームは、パソコン上にレゴブロックを積みあげるようなゲームです。すでに、何千万本レベルで販売されているそうなので、それなりのゲームということができます。

もともとはどうあれ、創造性豊かな子供には絶好の知育シフトとの位置づけを得ている節があり、精神が十分に発達していない子供たちの集中力を増したり、さまざまな道具を作り出していくことが可能な仕組みが、「想像力」につながるとの見方があります。

そのため、各地の支援学校や精神障害の支援施設などで、導入が活発化しているそうです。

しかし、それ以前に致命的な欠陥があることに、教育に携わる方は気付いていますか。
たとえば、ベッドを作るときに、羊を必要数殺し、必要なだけ木を切り倒して、材料を調達してそれを組み合わせてベッドを用意するという手順が必要です。

また、革のジャケットを作るときには、牛をかなりの数「殺さ」ないと、製品ができません。
ここがまず最大の欠陥です。
なにも直接「殺す」行為をしなくても、お金を稼ぐ手段そのものをビルトインしておき、それによって「材料を買って」自分のインベントリーに蓄えてから、必要数取り出して目的のものを作り出せばよいわけです。
こうした直接的な「殺す」行為が、前面に出てきているのは情操を養うべき子供らにとってはきわめて有害と言わざるをえません。

次に、ゾンビの存在です。
これもゾンビを「殺す」ことに集中する様子が、こどもを見守っている者にとってはたまらなく嫌な面です。
ゾンビが夜になると世界を徘徊して、逃げ惑う村人に襲いかかったり、収穫する時期に達した畑の作物を、食い荒らしたりすることが、時間帯によってコントロール外のところで行われてしまう設定は、殺伐とした心を作り上げることを助長しますので、つまらない警戒心のベースを形造ってしまうことになります。

更に、ゲームの世界ですからある程度の自由度を認めてもよいとは思うのですが、構築物の部材の強度や重力に対する概念を無くしてしまっていることが、極めて危険です。
というのも、ゲームでしか経験したことのない「橋作り」を、実際に作るとしましょう。
それが泥遊びであっても、最初から泥をこねくり回す経験をして来た子は、教わらなくても材料の持つ強度を経験的に知っているので、どうすれば壊れない橋を作れるか、それも作っている最中でも大丈夫かは、自然に体に染みついていますから、強度的に安心できる工夫を施しています。

ところが、マインクラフトの世界では、空中に何の支えもなく梁を伸ばしていくことができたり、非常識と思えるほどにブロックを積み上げる世界が、当たり前に存在しています。
架空の世界しか経験せずに、いきなり実戦の場で自然豊かな地で自然を相手に育った子供たちと相まみえたら、どんな悲劇が起きるか想像できるでしょう。
「構造的な欠陥」について、「そんなこともわからないのか」と、いじめの対象になるのがオチです。

やはり、体を使っての砂遊び・泥遊び・縄跳び・鬼ごっこなどを、体験したうえで、ゲームを使わせるべきであり、それを経験させないまま育つと、ろくな大人になりません。

続く

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