山田孝男伝説 その41

瞑想に興味を持っていなくても、「オーラ」という言葉は聞いたことが有ると思います。。元々、オーラは、ギリシャ語やラテン語で「ほのかな風」「さわやかさ」を意味する言葉です。これを、人体的な状況に置き換えたのが、人体から発するある種のエネルギーであり、「雰囲気」です。

これを、昔の人たちはしっかりと目で捉えることが出来ました。全員が見えたわけではないしょうが、少なくとも、仏師は見えていたと推察できます。其の証拠は大仏の写真などで有名なご本尊の背に覆いかぶさるような作りの「光背」です。光背とはハローとも言って、人物から発している光を具現化したものです。

実際のオーラには、様々な色が有り、その色の混ざり具合によって、現在の体調や疾患などを判断する道具にも使われています。ただ、現代はあまりに部屋が明るすぎるために、かすかな色の変化は照明に負けて見えないことがほとんどです。

ただ、オーラの不思議なところは、たとえどんなに光が強烈な環境においても、それを感じることが出来る人たちには、しっかりと見えるか、見えないまでも存在を感じ取ることが可能なことでしょう。

山田孝男氏の講座には、実はそこにも大きなカギが有りました。あの高尾のエレベーター前の部屋の扉を開けた時、既にオーラは部屋に満ちています。初心者や入門者は、オーラが満ちていることに最初は気が付かなくても、この部屋に何の抵抗も抱かずにすっと入れていたことに、後から気が付くのです。

講座を行う部屋全体を包み込めるオーラっていったいどれほどのパワーが必要なのでしょう。と、思う人も多いと思いますが、実はオーラはパワーを使うものと使わないものとあるのです。忍術で言う結界はパワーと使うものと思って貰えば良いかもしれません。要は、「場」を把握する力です。もっと端的に言えば、自分の部屋と友人の部屋は置いてあるものが異なることは除外しても、雰囲気が異なることは、日常的に経験しているはずです。

氏の講座がひっきりなしに開催されている部屋ですから、山田色に染まっているのです。それが、一つ目のオーラです。もうお分かりだと思いますが、このオーラはパワーを使っていません。二つ目のオーラは、一つ目と性質が異なり、自らの意志で発するエネルギーを相手に投射しているときに感じるものです。

氏の講座では、参加者一人一人に満遍なくオーラが投射されていたかと思えばさにあらず、必要な量を必要な分だけ投射していたのです。今でいう省エネのハシリです。こうした効率的なエネルギーの使用法もまた、山田孝男という人物の一つの能力でした。

人間の持つ能力の中で、場に馴染むというものが有ります。日常生活では雰囲気に慣れることを言いますが、オーラに満ちた空間に長く滞在すると、そのオーラに慣れてきます。すると、意思の疎通が極めて滑らかになる瞬間が訪れます。この感覚は、経験したもの以外に説明するのはとても困難ですが、一度経験してしまうと、これほど明確なメッセージを受け取る手段が有るのかと思える程、心の奥底にまできっちりと届きます。

ただ、直接心の奥に届くメッセージは、実は残念ながら通常の感覚では理解できないことが多いのです。それを補完するのは、視線です。氏の視線は「眼光鋭く」の言葉通り、相手の心根を瞬時に見抜き、邪な行動パターンを抑制してしまうほどの力が有りましたので、何らかの邪心を持って講座を受けに来たとしても、何もできぬまま帰宅することになります。しかも、その時には、俗っぽく表現すれば、山田信者になっているのです。

ただ、こうした信者たちを、氏は決して容認することはしませんでした。それは、瞑想講座の受講者であろうと、一般向け講座を受ける人たちであろうと、そのスタンスに変わりはなく、自分を崇拝することを禁じていましたし、氏の代弁者を気取る古い【勘違い】受講者にも同じでした。

事程左様に、「ブレない」ことが、氏のオーラの強固なベースを形作っていたのです。ちなみに山田孝男氏のオーラは何色だったと思いますか。

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