修学旅行-高校の思い出-1

修学旅行はどこに行きましたか。私たちの頃は、海外なんて最初からターゲットにはなっていず、東京都の公立の高校ではほとんどが本州の中それも大阪~北関東の範囲で、候補地を決めるのが一般的でした。ただ、私立校はもっと遠くまで就学旅行に行っていたのを聞いていましたので、羨ましいと思っていました。

しかし、年齢が上がってくると、親は費用の捻出が大変だったろうなと思うことがしばしばあり、それ一つとっても加齢を感じずにはいられません。ま、それはともかくとして、私たちの頃は、高校三年生になってから修学旅行に行くと、受験勉強に差し支えるので、二年生の3月に旅行することにしていた年代です。

中学校の頃と比べて大きく異なるのが、どこを目的地とするか・コースはどうするのか・何を学習しに旅行に行くのかを論点として、学年で数チームに分かれて提案を出し合い、学年の組は意識せずに、提案されたコースに興味を持った生徒が集まって、その単位で行動するのです。
当時の高校としては、かなり自由な空気を吸っていたのだと後から思いました。

さて、3月12日、この修学旅行出発の朝、何と関東地方は未明から激しい降雪に見舞われました。当時、八王子市に住んでいた私は、中央線で集合場所の東京駅八重洲口を目指しました。電車は雪に弱いところがあり、この日もなかなか発車しません。やっと出発したら次の豊田駅で「ポイントが切り替わりません。」で、立ち往生。

やっと動けるようになって、ゆっくりながら中野駅に到着。この時点ですでに集合時刻を過ぎています。今度は、中央線快速がダメとなって、緩行電車に乗り換えましたが、新宿駅迄到着した後、次の代々木に向かったらそこでまたストップ。やむなく歩いて新宿駅に戻り、丸ノ内線で東京駅を目指しました。これが、強烈に混んでいて、そこへもってきて、3泊4日の荷物を詰め込んだボストンバッグを持った訳の分からない修学旅行生が大挙してなだれ込んだのですから、小さな地下鉄の車両はぎゅう詰めとなり、東京駅で降車できなくて、大手町まで行ってしまった仲間もいました。

とにもかくにも、全員が集合場所である(今は移動してしまった)銀の鈴に集まれたのは、夕方に近い4時。(続く)

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