アルフィー+研ナオコ

今でこそ、長生きグループとして有名なアルフィーですが、最初は研ナオコのバックバンドとしてステージに上がっていたんです。今からは考えられない組み合わせですが、研ナオコが「愚図」のヒットを引っ提げて最初のツアーを開始した時には、研ナオコの幕間つなぎとしてステージに出ていました。1975年頃の話です。

田辺エージェンシーの田辺社長らが赤坂のスタジオでの研ナオコのツアー用の練習に顔を出していたと言います。そのころの縁として、キャニオンレコードにアルフィーが所属できたのも、当時の周りの人たちの繋がりからだったと言いますから、人の運命はどこでごろっと変わるか分からないもんですね。

坂崎幸之助いわく、研ナオコのステージでのおしゃべりはコメディ番組に出ている彼女そのものだったのに、いざ歌唱が始まると客席がシーンと静まり返って、皆、彼女の歌に惹きつけられたもので、それはアルフィーにとって物凄く良い経験になったと、ラジオの番組中でしんみりと語っていました。

この話を聞いてふっと思い出すのが、中島みゆきのステージですね。しんみりとあるいは慟哭を聞かせるのが中島の歌唱の真骨頂と思ってはいますが、その同じステージ上で語る彼女の話は、時にオールナイトニッポンのノリで客席が爆笑したものです。研ナオコがその先生だったというつもりはありませんが、同じようなキャラだったことは間違いありません。

その中島みゆきが、研ナオコに楽曲提供を依頼されて、はじめてスタジオで顔を合わせた時は、借りてきた猫の様だったと後に研ナオコは述懐しています。それほど内気だったとはとても今の姿からは想像することはできませんが、研ナオコはそれだけのオーラを放っていたのかもしれませんね。なので、アルフィーがバックで歌っていたというのは、結果だけをあとから聞けば「えぇ~っ!」と思うでしょうが、それは活躍していた季節のずれが有るからでしょうね。

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