レッテル

日本人に限らない話ですが、人間ていうのは結構自分が優位に立っているのか下位に甘んじているのか、比較したがると思いませんか。
そして、どんなに小さな集団でも、音頭を取りたがる人・ひっそりと参加している人・文句ばかり言うう人など、役割分担などしなくても、人それぞれの個性を発揮していますよね。

私が習っていたアフリカの太鼓の稽古場でも、レベルの低い見栄っ張りがいました。
アマチュア集団の全く世間的には知られることのない存在でしかない小さなグループであっても、自分より後から入ってきたにもかかわらず、自分の技術に追いつかれそうになると、途端にその人の存在を無視し始め、技量がなかなか上がってこない人には、褒めそやすといった偏った行動が見られます。

心の広い人を任じている人が、平気でこのような差別的行動を繰り返していて何も感じないのですから、人間てやつは厄介な代物だと思います。
こうした性向を持っている人は、とかく他人にレッテルを貼りたがります。
レッテルイコール差別なんですが、それがどのような意味を持っているのかを全然介していないので、始末が悪いということなんですね。

なんでこんなことを書いているかと言えば、人間に聖人君子と呼ばれる人はいても、本当に本人が聖人君子なのかは分かりません。むしろ、何かの加減で聖人君子と崇め奉られてしまって、引くに引けなくなってしまったという人もいることでしょう。

引っ込み思案の人が、レッテルを貼られて、しかも、何にも反論しないでいると、そのレッテルが独り歩きを始める危険性を持っています。
ニュートラルに生きていきたいと思うのなら、正当でないレッテルははがす努力をしないといけないのですね。
人間社会の複雑な関係についていけないと思う成人はいったい何人くらいいるのでしょうね。

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