憧れの超能力

念力・透視・テレポーテーション・アポーツ・ヒーリング・読心術・レビテーション・プレコグニション・ポストコグニション・サイコメトリ・物質通り抜け等々、超能力ぐらい実在していると思われながらも、その実、胡散臭さを放っているモノもないでしょうね。
小学生・中学生の頃に読んだ漫画に多大なる影響を受けて、超能力を身に付けたくて、大人になっても「いつか」はの夢を抱いていました。

そして、ヒーリングの世界に迷い込むことになったのです。
実際そこは甘美な世界ではありませんが、自分の中に眠っていた潜在能力が、ある方の薫陶を受けて目を覚ましたことで、この世の中の構造が実は何重にも重なる重層構造であることを体が理解し、しかも、その中の一つの世界での活躍を自分の場合は期待される時期がありました。

本当を言えば、もっと巨大な精神の力を持っていたならば、まだ活躍は過去形ではなく、現在進行形であったはずでした。しかし、昔からなぜ宗教が蔓延るのかの原因となっている「他人に頼る」人間の特質が、私にとってあまりに重すぎる荷物となったことにより、ヒーリングの世界から足を洗わざるを得なくなってしまったのです。

しかし、そんな状況下にあっても、依然超能力という言葉は私の中にロマンを掻き立てる存在であり続けています。
その中でもレビテーション=空中浮揚と、テレポーテーションは未だ追い求める最大の目標です。
さらに強大な念力を持ちたいと思って暮らしています。

念力をなんに使うかって?答えは明瞭。
地球上に存在するあらゆる戦争の道具を、抹殺することです。出来れば、すべてを原料の形に戻せる能力を兼ね備えたいところです。
今なら、放射能無効化能力なんて言うのも欲しいですね。
さらには、思念が現実化する能力もあったら便利です。

そして、辿り着いた夢の結論、それは何と究極の他人頼みでした。
詳しくは話せませんが、それが実現することは私が存命中は絶対に起こり得ないだろうし、いつか人類が地上から姿を消す時までも実現できないかも知れない能力、でも、それを何とかこの身に付けたいと日々無駄と思える努力を続けています。

でも、それはロマンとして語ることぐらいは、良いのではないかと勝手な解釈をしつつ記事を作りました。
「あほやなぁ。」そんな声が聞こえそうです。

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