つづれ折りの坂道から

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zoom RSS 3.11もう7年目

<<   作成日時 : 2018/03/10 01:07   >>

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今年も3月11日が近付いてきました。
報道としては、絶対に触れなければならないとの使命感も有るのでしょうし、不謹慎な見方かもしれませんが、必ず視聴率が取れる企画でもありますから、やらないことによる損失も当然考えているでしょう。

そんな下世話な事はこの際横に置くとしても、個人的にはある出来事に引っかかりを持ちました。
それは電力の事です。
7年前のブログにも書きましたが、この日私は、家から約40Km程離れた場所にいました。
そこは、いくつもの山々を抜けていくので、40Kmとはいっても、平地で考えれば100Kmぐらいの厳しい道のりとなります。

この地震の起きた2時46分からしばらくは、テレビの報道はあまり被害の大きさを伝え切れていませんでした。
しかし、繰り返し襲ってくる短周期の大きな余震を感じていれば、いつもの地震とはわけが違う事を誰でも漠とはしていても感じ取っていたでしょう。

私も徒歩での帰宅は絶対に無理という離れた場所で、まず何をしたかと言えば、当面の食料の買い出しです。
次に、その食料に手をつける前に、手近な立ち食いそば屋で腹を満たしました。
そして、当然止まっているはずの小田急小田原線の新松田駅に向かいました。
ここは、もう小田原まで数駅という場所ですが、山懐に囲まれた地形のため、運行開始までには、相当な時間を要することは、端っからか覚悟していました。

携帯電話は全く通じません。メールを送信しても、届いているのかも分かりません。
そうこうしているうち、日は沈み辺りはとっぷりと暮れてしまいました。
最初は、駅の構内に入っていたのですが、電車の車内の方が風がしのげるだろうし、暖房も入っているだろうと思い、停車中の電車に乗り込みました。

案の定、車内は暖かく、ほっとしたものです。
このときのことを今更ながら思い出したのです。電車は文字通り電気で動きます。車内の暖房も当然電気です。
しかし、災害が発生している最中でも通常と変わらず送電されてきていることで受けているこの「恩恵」に、当時は思い至ることができせんでした。

それは、いかに電気のありがたみを感じずに普通に使っていたかの証左でもあります。
そして、震災直後の計画停電の際に入手した明るさで評判の大きめのLEDライトの光でさえ、その制限された光の小ささに大いなる不便を感じたものです。

また廻ってくる3.11に思いを馳せたとき、各個人がどんなにエネルギーをじゃぶじゃぶと使っているかを意識し、便利とは裏腹の生活も実践してみましょう。
日ごろから実践しているかどうかで、いざというときの行動が大きく変わります。
他人事と思わずに是非!

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