ピョンチャン・ナショナルチーム・金

私の良くやる三題話です。
今回の冬季オリンピックは、パシュートの金直後から、ナショナルチームの話がいきなりクローズアップされてきました。ほんの10年ぐらい前までは、たとえオリンピック選手であっても、国の代表として出場する栄誉を担っても、それでもあくまで個人の研鑽と周囲のボランティア的な応援で参加しているのが普通の姿でした。

しかし、世界的に国家を揚げて選手を強化する流れは、ついに日本でもそれを導入せざるを得ないところにまで来ていました。
そして、ついに今回のオリンピックで実際の成果という形で、国民に知らしめることに成功しました。

でも、ここで改めて皆さんに考えて欲しい事があります。
トップの数人はそれで良いでしょう。けれど、そのトップにあと僅かでも届かなかった人の方が多いわけです。
「年間300日に及ぶ合宿」この言葉が端的にあらわしていますが、ほかの事がなにもできないことと同義語です。

では、選手生命をあきらめざるを得なかった人たちに対しては、どのようなフォローがなされているのでしょうか。
私たちには、光の部分しか見えませんが、影の部分の方がよほど大きいはずです。
相撲界や歌舞伎界の様な超閉鎖的な空間であっても、その中でしっかりと生業が保てる仕組みがあればよと思いますが、スポーツ選手は選手であること辞めたその時点で、なにも次の生活への備えをしていな事実を突き付けられます。

なんと言うハイリスクを背負って生きてきたかという事を、極めて普通だった選手たちは、ここでいやというほど味わいます。

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