A380ついに生産中止?

エアバスの野望は潰えたのか?
航空機が旅客機として利用されるようになってこの方、ヨーロッパで企画製造された機体は、ほとんどすべてと言って良いほどキャパシティ不足の問題を抱えていました。
対するアメリカは、常に発展の余地を持たせた機体設計で、利用客の伸びに対する航空会社からの要求を実現してきました。

この勢力図を変更させることが欧州機体製造各社の希望で有ったと思います。
しかし、一社でそれは実現できず、ヨーロッパの有力どころが大同団結してエアバス社を設立して、対向することになりました。
エアバス社を設立して最初に投入したA300は、またまた当時のアメリカ御三家の凌駕できませんでした。

かなり頑張って大型化して送りだしたはずのA300なのに、これまたロッキードL-1011やダグラスDC-10より小さかったのです。
しかも、現在ほど双発エンジン機が持て囃されることは無かった時代に、A300は双発、他方L-1011やDC-10は3発エンジンと、当時は安全と経済性を考慮するなら、3発機がベストと言った風潮の中での船出であり、完全に時流を読み落としていました。

ただ、ヨーロッパとして団結してのエアバス社ですからおいそれと引き下がるわけにはいきません。
ここで打ち出されたのが、各国あげての超低金利という優遇策です。
ヨーロッパあげて支援しますよとなれば、利に敏い企業は必ずなびいてくるはずの思惑通り、アメリカのイースタン航空が大量の発注を出したことで、潮目が変わりました。

一旦流れが変わると、企業としての戦略までが、世の中に受け入れられるようになってきました。
それがA330とA340です。この二機種は同じ胴体・同じ主翼・同じ尾翼と、エンジン以外はすべて共通の物を使用して、長距離用は4はエンジン、短距離用は双発とすることで、開発費を抑えつつ顧客のニーズに合わせていくという戦略でした。(もちろん、全くすべてが共用できるはずも有りませんが…。)

さらに、小型のA310シリーズもっと小型のA320シリーズとファミリーを増やしていくにつれ、採用する会社が増えてきて、ボーイング社もマグダネル・ダグラス社を傘下に収めて対向することになり、ここに、米欧の激突の歴史が繰り返されることになったのです。

この項続く



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック