桜花の候

さくらは咲き始めから葉桜になるまで、ニュースに取り上げられるかなり珍しい植物です。
パッと咲いてパッと散るからこその風情を、「あわれ」と読み上げてきた日本人の感性。
それらが連綿と続いてきていることに、日本人としての特質を見る思いがしますね。

昨年夏に転居してきた今の中古マンションは、近くの桜の大きな古木が有って、まさにいま満開。
間もなく桜吹雪を演出すると思います。
桜の花びらの薄さは、儚いものの代表のように歌人が歌ってきていますが、まさにその通りで、ひと時だけ庭や路地にその姿をとどめてはみても、やがて土に返っていくのか、気がつけばあれほど多くの花びらが有ったことさえ忘れてしまいます。

そして、何かの拍子にひとひら舞えば、ああもう初夏なんだなと思える季節になってきているのです。
季節の演出家はまことに鮮やかなお手並みで、四季を彩ってくれますが、さくらはその最大の小道具なんでしょうね。あれほどに多くの植樹がなされたソメイヨシノは、今では寿命の短さが、これまたニュースになっています。

誠に、すべてが儚さの代表のような役割を担っている植物であることを、夜桜を眺めていて、自分らしくない感傷に浸ってしまいました。
たまには、良いか?という心の動き、これもまた桜の力ではないでしょうか。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック