宮部みゆきと東野圭吾vsテレビ化映画化

筆が遅いと言いつつも、次々に話題作を連発する宮部みゆきと、広汎
な知識を持ち、ミステリー作家として確固として地位を築いている東野
圭吾の二人。テレビ化映画化の数が半端ではないだけに、原作通りの
脚本は有ったためしがないほど、デフォルメされています。

脚本家は凄いなあと思う面があります。
それは、いい面を指しているのではなく、よくぞ原作をこれだけ捻じ曲げ
るものだなと思う「皮肉」として「凄い」と思うんです。

その最たるものとして、作中に存在しない人物を登場させ、場合によって
は、そちらが主人公になったりと、砕けた表現を使うならば、「ハチャメチャ」
なんですね。
それで、それが成功しているかと言えば、全然ダメ。
それなのに、なぜ、テレビ局は原作を歪め続けるのでしょう。

答はいくつかあります。
1.スポンサーのごり押し
2.他のタレントとの抱き合わせ
3.ディレクターの好み
(まあ、今回の記事は、下種の勘繰り程度のレベルとお考えください。)

でもですよ、作家が我慢しているのか、この種の歪め行為に対して、抗議
の問題で、作家とテレビ局・作家と脚本家のトラブルは、表に出てくること
が有りません。
作家が大人なのか、完全に商業主義を黙殺しているのか、或いは、迎合し
ているのかは、全く分かりません。

ただ、二人の作品を愛読している人たちに対して、テレビや映画は、完全な
失望を毎回与え続けていると言って過言ではないでしょう。
それくらい歪みは酷く、宮部みゆき原作とか東野圭吾原作のクレジットで、初
回を見たとしても、「やっぱり、この程度か…」と、落胆させられることが、今や
普通のことになってしまっています。

この国のテレビ局の人達には、まともなドラマに仕上げる気概が無いのでしょう。

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