価値観の違いはどこから…?

一昨年の2月くらいから、複数の仕事を引き受けた関係で、この二年間
極端に休日が減ってしまいました。収入の確保が前提なのは当たり前
ですから、仕事をいただけることに文句は有りません。むしろ、たまに休
みになってしまい、家で体を休めていると、『休日』を取っていて良いのだ
ろうか、などと思ってしまうことが、一度ならず数回ありました。

仕事をしていないと、不安でいたたまれなくなってくるのです。
手取り金額で何とか凌げると例えわかっていても、実際に働いていない
と、その不安感は一掃できません。

しかし、ひょんなことでホンの少しだけ収入水準が上がると、いきなり、休
むことへの罪悪寒にも似た感覚は消失してしまいました。
ところが、また水準が切り下がる兆候が見えると、途端に前の臆病な自分
が顔を出してきます。

物事の価値基準は、そんな要因だけでも激しく変化してしまうのです。
では、人間の感覚のスタンダードは何かと問えば、実は誰も明確な答えは
得ることが出来ないでしょう。

車を例にして、説明してみましょう。
車はどの車もデビュー時は、華々しく紹介され、雑誌のメイン記事を飾り、
最初の数か月はその売れっぷりをウオッチされています。
二年が過ぎます。日本では、マイナーチェンジと称して、小改良とデザイン
を少し触ってコマーシャルを派手に行い、売れ行きの回復を狙います。
更に二年過ぎます。もはや、現行の基本デザインでは売れ行きを回復させ
ることが不可能なれば、フルモデルチェンジを行います。

これが、一般的な車のあるモデルのライフステージモデルです。
ところが、実際にはこんな一つの方で一括りにできるほど、簡単なものでは
無いことは、みなさんとっくに知っています。
つまり、このメーカーのこのモデルはそうそう簡単にチェンジしないから、安
心して、長い期間乗れるんだという話を聞きます。

まさにこれが価値観の相違そのものです。
普通の大衆車は、モデルチェンジをしなければ、たくさん売ることが出来な
いとする価値観、かたや、チェンジしない長いライフスタイルだからそれを良
しとするのも価値観。

若いのにしっかりしていると評価される半面、こまっしゃくれていると取られ
ることは、よく耳にします。これも、価値観の相違です。

つまり、人は、自分の見聞きした体験則から、自分なりの価値観を創造して
いく生き物なんです。だから、似たような価値観の人は存在していても、まっ
たく同じ価値観の人は存在しないのです。
そこで、最大公約数に括られるか価値観を持つ者同士が集まれば、非常に
熱のこもった活動を期待してしまうのに、実際は集まりの中で特に似たもの
同士が集まって会派ができます。

まさにこれが政党です。だから、決してまとまることが無いんです。
これは、大いなる皮肉であるし、真実でもあるんです。
この逼塞した状況を打開するのは、スーパーなカリスマの出現を待たなけれ
ばならないのでしょうか。

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