山田孝男伝説 その一

1980年代、瞑想に関する関心が高まりました。その嚆矢となったのが
山田孝男氏の存在でした。ラージャヨガ・スブド・数秘学・占星術など、
多方面に亘る膨大な知識を有し、精力的に人間本来の持つ潜在能力の
開発に、身を捧げた人物です。

彼は、派手な活動をしませんでしたが、「実践瞑想講座」のような、少数
精鋭を育てるプログラムを、数多く開催し、一度でも彼の講座を受講して
しまうと、熱狂的な山田孝男ファンに変身する輩も多数存在しました。

しかし、彼は弟子制度を採用せず、自ら弟子であるとする者たちに対して
は、厳しい態度で接し、しかも『先生』と呼ぶことを禁止していました。
それは、上下関係を意味する言葉を排斥しようとする思想が、ベースにな
っていたからです。

残念ながら、人は競争を前提にして、優越感を得んがための努力を惜しみ
ません。非常に小さな集団であっても、常にボスになりたがる存在が、その
集団を滅ぼしてきました。
上下関係なしに成り立たない社会しか考えられないものに対し、「そうでは
ない」と言い続けた氏の思いは、しかし、叶えられることなく、本人が没した
ことに終焉を迎えてしまいました。

このまま、忘れ去られてしまうには、あまりにももったいない思いにかられ、
ここに山田孝男伝説を発表する事にしました。氏の辿った足跡を追いかけ
る人々は沢山存在します。 しかし、瞑想関係の人たちの常として、自分
を甘やかす傾向がとても強く見られ、自分に都合の良いように解釈する方
が多いのが実態です。

ここでは、なるべく第三者の目で見た山田孝男氏の横顔を、描いてみよう
と思います。

伝説その二 に、続く。

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  • 山田孝男伝説 その12

    Excerpt: 山田孝男氏の講座に共通するもの、それは、話術ですと以前のブログ にも書きましたが、特別な話術でないことも、やはり、以前に書きました。 では、何が違うのでしょうか。それは、声の調子によるところが大き.. Weblog: つづれ折りの坂道から racked: 2012-06-10 01:25